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impalpable sea by From Scorpio
船に乗る / instagram …@fromscorpio / twitter …@fromscorpio
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2018/05/26

船に乗る / instagram …@fromscorpio / twitter …@fromscorpio

すっかりご無沙汰してしまいまして恐縮です。
夏ぶりの更新になってしまいました。

年内には再販したいと言っていたシオマネキセーラー、
またSJMさんのクリスマスお茶会もお誘いを受けたにも関わらず辞退してしまい
楽しみにしていてくださった方には本当に申し訳ございません。
お人形とは別のことで気持ちがいっぱいいっぱいで、どうしてもお人形に向き合えるような心持ちになれませんでした。
また再開しようと思えるまで、しばらくお休みさせていただきます。







続きはとても長いですが、猫のことです。
ここはお人形メインのブログとしてやってきたので恐縮ではあるのですが他に書けるところもなく、
もし誰かが読んで私の思い出を間接的にでも共有して、何かの折にふと思い出してくれたら嬉しいような救われるような気持ちです。

















少し前、11年弱一緒に暮らしてきた猫が亡くなりました。
だんだんと介護らしいことが始まってはいて、亡くなる数日前の定期検診でも「今これだけ手がかかるというのは命のかなり後半期にあると思う」と言われ
でもまだ食欲はあるしフラフラだけど動けるし、せめて春くらいまではと思っていました。

もともとは私が座間にいた頃バイトしていたコンビニをテリトリーにしていた猫でした。
コンビニの建物横には土地の大家さんがいつも停めているバイクがあって、それに掛けられたビニールシートの中が居場所のようでしたが
警戒心が強くて全然触らせてくれず、声をかけると遠巻きにじっとこちらを伺っているような猫でした。
それが2006年の1月、私が前述のバイクから少し離れた所で座り込んでまた声をかけていたら
ふと脚に乗ってきて寒そうに縮こまってそのまま寝てしまうということがありました。
嬉しいのと驚いたのと、驚かせて逃げられてしまってはと撫でることもできず猫の体に手を添えていたような気がしますが
このことがあって、この猫連れて帰る!と決心しました。
確かこの時正座をしていて足が痺れてしまい、このままでいたいのと足を伸ばしたいのと葛藤しながら数十分過ごしたと記憶。
私は猫との暮らしに憧れる猫初心者でした。

野良猫に餌をやらない主義なんですがそれからは私に慣れてもらおうとなんやかや出してみるも全く寄ってきてくれず、
そんなんじゃだめよとパートのおばさんたちやコンビニの土地の大家さんご夫婦が車を出してくれたり
連れ帰るためのケースをくれたりと協力してくださって、うちに連れて帰る所から検査や避妊手術に連れて行くまであっという間でした。
連れ帰った最初の日、静かな薄暗い部屋で移動に使ったケースの覆いを少しめくるとそこから
驚いたような絶望したような、とにかく猫ってこんな顔すんのみたいな表情で恐る恐る周囲を見回していたのを覚えています。
しばらくしてケースから出てくるとゆっくりゆっくり、1Kの部屋の中を確かめながら歩いていました。
できるだけ刺激しないようにと思いつつもこれだけは伝えねばと思い、猫トイレの近くにいる時にそっと近づいてスコップで砂を掻きながら
「君のトイレここだよ〜ここで頼む〜」と、まだ話しかけるのもぎこちなく独り言のように言うと
猫はちらっと匂いを嗅いでまた他を見回りに行ってしまいました。
それを理解してくれたかはさておき、その後ごく自然にトイレを使ってくれるようになりました。
というのも当然で、生まれた頃からしばらくはコンビニ近くのある家で兄弟たちと飼われていたとパートさんたちから聞きました。
そこのご主人が半身麻痺になって奥さんが介護をせねばならず、とても飼っていられないと兄弟共々追い出され
玄関前で鳴く猫たちを何度も散らすようにして放したとのことでした。

コンビニ猫の頃、寒い日暑い日(の深夜※追い払おうと追いかけてくるオーナーがいない)には
自動ドアの前に座ってドアを開け暖を得、涼を得ていました。
これからは暑さ寒さもなくご飯も朝晩確実に食べられる、満足と満腹の満の字から「みちる」という名前をつけました。


連れてきた日の翌夜、玄関ドアに向かって・横の布の山は連れてきた時のケース
野良時代はデブとまではいかなくてもとくに丸々してました

連れ帰った日から夜になると玄関前で帰りたいー出してーのアオーンが始まりました。
3時頃までドアを見上げてひたすら鳴く、というのがちょうど一ヶ月くらい。
その頃早朝メインのシフトで入っていたためかなり堪えました。抱き上げるのも上手くできないため、私もみちるの横に座り込んで背中を撫で
ごめんな、寒いから向こう(炬燵)行こうな、大丈夫なんだよと夜毎ぎこちなく話しかけてました。
このドアの向こうにはあのコンビニがあると思っていたと思います。実際は自転車で10分弱ほどの距離。
当然完全室内飼いのつもりで連れてきたので、かわいそうだけど諦めてくれるまで付き合おうと思いました。

連れ帰って数日だったか、バイトの休憩時間に無理を言って20分ほど帰らせてもらったら
みちるが炬燵の脇で震えてたことがありました。
炬燵の電源は入れてたのですがエアコンはつけておらず、てっきり自分で炬燵に潜るだろうと思っていた私は
慌ててエアコンをつけて、みちるが〇〇するはずを当てにせずこちらが万全を期そうと決めました。
オーナーに怒られつつも部屋に戻って良かったと心底思いました。

ひと月ほど経ったあたりから、炬燵で寝転がってると私のお腹の上に乗ってきてくれるようになりました。
すごく嬉しくて毎晩炬燵で寝ました。みちるもいつも乗ってくれるようになり、寝返りが打てなくなり、腰が痛くなり。
夜玄関に向かって鳴くのもこの辺りでしなくなったと記憶しています。
春になり夏になり、いつのまにか家猫らしくなっていました。
外で野良を見て可愛いとは思いつつもみちるに何か移ったらと思うと怖くて離れて愛でるだけになりました。

この座間の部屋はコンビニ経験で例えるなら、ペットボトル売り場のバックヤードというか
とにかく日が差さない・唯一の窓の目前に隣のマンションという薄暗い部屋で、
選んだ時はそこに惹かれて入ったんですが猫と暮らすには大変不向きでした。
日向ぼっこさせられない、というのが日に日に悩みになりしばらくして引っ越しました。

重なるようにいくつかのきっかけもあり、コンビニバイトを辞め、以前から話が出ていた友人と両国でルームシェアをし始めました。
彼女はどちらかというと淡々としておりまた犬派で、猫がいるからといって特に盛り上がるタイプでもなく
友人たちの中ではみちるとの距離感が一番良かったので何の不安もありませんでした。
引越しの際も家具を移してからみちるを連れて行ったからか、移動中こそ鳴いていたものの部屋に着いてからは今までと変わりなく過ごしていました。
この部屋は確か4階で(5階だった気もする)南向き、腰高窓から日が入る、座間と比べたら格段に良い部屋でした。
私がややショックだったのは、みちるがその窓から外を見たり日向ぼっこするよりはベッドや炬燵にいるほうを好んでいたこと。
まあそんなもんかと思いつつ抱いて窓に寄せては、見て人がゴミのようをやっていました。

この部屋にいた期間はあまり長くなくて、結婚を機にまた引っ越すことになりました。関門と思われた夫を、例の膝のりで籠絡した模様。
そういえばまだガラケーの頃で、ここに住んでた間に唯一撮った使い捨てカメラは現像の期限を過ぎたからなのか下手くそすぎたのかほとんど真っ暗でした。

次の部屋、というか家は午前中日当たり全開、庭に面した掃き出し窓もありとても良い部屋でした。
ここにきてようやくみちるも日向ぼっこをよくするようになりました。
また自転車ですぐのところにとても良い動物病院があり、そこがかかりつけになりました。


引っ越して数ヶ月経った頃・炬燵布団の上でうとうと



みちるはとくに愛想を振りまくでもなく臆病で慎重な性格で、最初に連れてきた頃から
一般的な高さのテーブル(70cm前後)にも飛び乗ったりそこから降りたりということがないおとなしい猫でした。
遊ぶ時は胡麻だれの餅が転げ回ってるようでしたが大ジャンプをかますでもなくぴょこぴょこもさもさ、
巷で見る、カーテンレールの上とか液晶テレビの上に登ることは一切なく、また狭いところも苦手で
羽毛布団が大好きなくせに潜り込むことはせず私を呼んで、入りやすいドーム型を作れと指示。
入ったかと思うと出てきて何か違う気がするとアオーン。その「何か」までは私でも分からんよと。
みちるが慣れてきた頃から思っていましたが、まあとにかくよく鳴く子でした。あと声がでかい。
私が立てばニャンオ、声を出せばアオーな具合で何をするにも声が付いてくるので、呼ばれたら私も行かずにはいられないし
この11年弱でとりあえず動く時にはまずみちるの様子を見、何か音を出す時にもみちるの方を伺い、できるだけ音を立てないように過ごす癖がついてしまいました。
病院へ行く時は家を出てから帰るまで鳴き通しで、先生や他の飼い主さんから微笑まれることもしばしば。
道ですれ違う人から虐待してるのではと思われはしないかといつも冷や汗が出ました。



コンデジを手に入れ写真がだんだん増え始める・このころおそらく4.5〜5キロ前後
キャットフード以外はあげないので最初の頃より多少スリムになりました


お気に入りの座椅子・この背にはよじ登ることができた


私と出会った頃にはすでにほとんど歯がなかった
コンビニにいた頃、タクシーの運転手さんが焼き鳥を串から外してあげるも
口に入れたり出したりしていて「こいつ贅沢してんな〜」とか言われていた
今にして思えば噛めないのだから仕方なかったんだねと


必ずオスと間違われる顔つきと貫禄


この頃はまだ年一回の定期検診で、3種ワクチンと血液検査、タイミングよく尿が採れれば尿検査もという感じ。
やたらとくしゃみをするようになったことがあって病院に連れて行ったら、猫・飼い主ともに野良との接触がなくても
靴などについてウイルスを家に運んでしまう可能性は十分あると言われ、うちの庭は野良がよく通ることもありワクチンをするようになりました。


この頃はダッフィーを枕にするのが気に入ってたらしい


この胸毛から足にかけてのYに顔を突っ込むのが好き(私が)

私と住み始めた頃、残っていた歯は多分2〜3本。
数年維持していたものの、そのうちグラつくようになったらしく食べた後いつもくちゃくちゃしては片手でアガアガするようになりました。
その後いつだったか、朝起きたら血の付いた歯の破片みたいなのが床に落ちていて、手にも血が付いてたりして
慌てて病院に連れて行ったら、もう取れかかってはいるけど抜いてしまった方が良いとのこと、全身麻酔しますということでこの時初めて数時間病院に預けました。
指定された時間より少し早めに迎えに行くとすでに起きていたようで、知らない場所で目覚めた上に私もいなかったのが大変怖かったらしく
夕方帰ってきてから翌朝くらいまで泣き通しで、麻酔と疲れとでうつらうつらするも自分の声でまた起きてという状態になってしまいました。
歯を放っておいて口内炎、そこから食べられなくなったりしたらと考えてのことでしたが
これからは一時病院に置くことがあってもできるだけ私もいさせてもらおうと思いました。

あとこの前後の年に膀胱炎になったことも。
ホットカーペットは24時間つけているものの猫も寒いとトイレが億劫らしく出来るだけ寝床に近いところに設置するようになりました。
幸い薬で治る程度だったけど、今思えばこれももっと気をつけておくべきだった。猫の腎臓は寿命とイコール。






猫に限らず犬や鳥・ハムスター・亀と暮らしてる方もきっとみんな思うんではと思うんだけど
一緒に過ごすうちにだんだんと猫なら猫の形がゲシュタルト崩壊というか、
昔から知っているような、すごく親しい人の顔を見ているような不思議な感覚、ありますよね。
猫なのに猫に見えないというか、猫ではないように見えてくるというか。
贔屓目は当然あると思いますが、みちるの表情はなんともあまり猫らしく見えない時が多々ありました。



珍しく可愛い感じの表情

2015年、年一定期検診の際「童顔だけど結構歳いってると思うよ」と、
三ヶ月(猫にとっての一年)ごとの健康診断を勧められこの時から三ヶ月ごとに血液検査に通うように。
以前に増しておっとりした気が多少するも秋頃まではまだまだ年齢を感じることもなく餅々して過ごしていました。
これが年の瀬を感じるあたりからいわゆる夜泣きが始まりました(昼に泣いても夜泣き)
みっちも歳ね〜などと言っていたら、ただでさえでかい声が更にでかくなり
犬の遠吠えにも似て鳴かれることに私自身が過敏になってしまったこともありました。
ご飯を食べた後、トイレの後、やれ私が動いただの何か気になったので喉を枯らすようにワアワア鳴いていたけれど何と言ってたんだろう。
あとでね、今オイソガシイだよ〜と繰り返していると、そのうちいじけて寝てしまったり。
猫はとにかく腎機能をいかに保たせるかが重要で、先生からの勧めでご飯は市販品から療法食へ変わりました。

今年になってからは3ヶ月ごとの検診が2ヶ月ごとになり、
療法食にネフガード(活性炭・老廃物を吸着して腎機能を助ける)を入れるようになり
ネフガードの副作用か、腹筋の衰えや寝ていることが増えて運動不足なのもあり便秘がひどくなりました。
夏前頃から耳も遠くなったような…以前は私のちょっとした動作音も聞き逃さなかったのが気づかないまま寝ていることが増えてきました。
暇さえあればお腹をマッサージして排便を促すようになりました。


体重が目に見えて落ち始める

夏の終わり、だんだんと食欲が落ちていきました。
もともと必ず少しだけ残すというか、食べきることが少なかったけど残す量がどんどん増えていきました。
食べなければ当然ますます便も出ないわけで、あれこれ悩みつつその内ドライフードは食べなくなりウェットフードばかりになりました。

秋になりいよいよ自宅での朝晩の皮下補液が始まりました。点滴です。
以前に、いずれすることになるからそのつもりでねと先生に言われていましたが、ついにこの時が来たかと。
私注射が苦手で、自分が刺される時なんかも見ないようにしているのですがこの可愛いやつにそれをしなければならない…
これで失敗してどえらいことになった人とかいませんかと聞くと、そういう人はいないしみんなちゃんとできるようになる、
一人でもできるようになってるから大丈夫とのこと。夫と説明を受け、夫が宥め役で私が刺す係となりました。
最初は人間二人の変な力みオーラを感じるのか、みちるもそわそわしてしまい上手くいかなかったのですが10日もすると最低○mlを達成できるようになり、
そのうち私一人でもできるようになってしまいました。
補液をすると腎機能の低下からくる喉の渇きや気持ち悪さが軽減されるらしく、終わった後のみちるはぽや〜としたまま寝ていました。
どうかこのまま体の負担を軽減しつつ穏やかな老衰を迎えさせられないかと思っていました。


仰向けで寝るのも筋力やしなやかさが必要だったんだなと思う

下半身の衰えがひどく寝返りを打つのもやっと、
変な姿勢のままぐったりしていることが多くあんまり不自然な姿勢の時は体勢を変える手伝いをし、
足ストレッチをしたり、ウェットの療法食に香りの強い市販食を足して食欲を促す・ご飯の催促に台所まで来るよう誘って
少しでも足を動かしてもらうようにしていました。
そのうち先生から、とにかく食べさせて体重をこれ以上落とさないようにという話があって療法食を止め市販食に薬を混ぜるようになりました。
この頃の体重が2.65kgで、一ヶ月前より500g落ちていました。
オリーブオイルやヨーグルト、下剤などなど色々試すものの、結局のところみちる自身に息む力がないため排便がかなり困難になっていました。
一度病院で浣腸をしてもらったところ、出はしたもののその後1時間ほど酷く疲弊した様子が続いて見ていられず
出来るだけ浣腸以外の方法で済むよう、糞塊の押し出し方を教わったり。
骨盤腔内に便があると便意が続いてしまうとのことで、出したそうにした時はお腹の上から大腸を辿って押すのですが
補液の針を刺すのとは違い、みちる自身とのタイミングもありこれは簡単にはいきませんでした。
そうして私がこの押し出しを習得する前に、みちるは亡くなりました。

朝起きると猫トイレの脇にうずくまって、私が起きたことに気づくと困ったような声で鳴いていました。
前日の朝も便を出すのに苦労していたものの少し押し出せた後は落ち着いていて、夜もご飯は食べていたので
この時はそこまで心配していませんでした。
その後ベッド下に血の塊のようなものを発見。みちるを確認するも、口もお尻も汚れていなかったのでどこから出たのかわからず。
夫になんか体が冷えてない?と言われ、寝床(人間のベッドの上・本来私が頭を置くあたり)にいるみちるに布をかけて中で暖まれるようにしました。
その後また様子を見て顔を撫でると、頭で手を押すように寄せてきたので私もそのまま両手でみちるの頭を包んでいました。
しばらくそうしていて、朝だったこともあり準備せねばと、ちょっとごめんなまたあとでな〜と離れたのですが、これが最後の挨拶になってしまいました。
その後引き付けのような、手足を伸ばしたまま掻くような状態になり、私が泣きながら名前を呼びキャリーに入れる間も反応がなく
病院に駆け込むもこのまま体温が戻らなければ難しいと言われ暖かい部屋で点滴してもらいましたが1時間ほどで逝ってしまいました。
大丈夫だよずっと一緒だよ大丈夫と何度も繰り返し、それに返事をしようとしたのか苦しさからか
痰が絡むような唸るような息を何度か吐いた後でした。
朝起きてから4時間ほどの出来ことでした。



亡くなる2日前


亡くなってから今まで撮ったものを出来るだけ集めているんですが
ここ数ヶ月の印象が強すぎて、以前の写真を見るとなんてでかいんだと驚くことしきり。
亡くなるまでの数週間はみちる自身もきつかったろうなと思うこの表情。
陽が当たって瞳孔が細いからというわけでなく、野良の頃より険しく感じます。
お餅みたいだね大福だねと言ってた体が最近は本当に華奢で儚く感じられたけど、その姿もいつも本当に可愛かった。
へたりこむような寝姿や骨ばった肩や背骨、お尻。いつも嫌なこととはさっと距離を置いて我関せずだったのに君がんばったよね。
名前の通りの満足と満腹を私がちゃんとあげられたのかはわからないけど見返す写真や動画の中ではすごく幸せそうだなと思ってしまった。
もう何でも食べていいんだからと供えているハムだの苺だのがちゃんと届いてたら嬉しい。
君がこれからも幸せでいてくれるように、またいつか会えるように。












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2016/12/15
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